「完母で育てたい」
そう思っていた私ですが、出産直後から母乳が順調に出ていたわけではありません。
赤ちゃんはうまく乳首をくわえられず、授乳してもほとんど吸えていないような状態。
ミルクを足しながら、授乳と搾乳を繰り返す毎日でした。
それでも「できれば母乳で育てたい」と思い、母乳外来に相談したり、2〜3時間おきに授乳・搾乳をしたり、乳頭保護器を使ったり。
試行錯誤を続けた結果、少しずつ母乳の量が増えていき、最終的には完母へ移行することができました。
この記事では、私が出産直後から完母になるまでに実際にやったことをまとめます。
産後すぐから母乳がうまく飲ませられなかった
私の場合、出産当日は夜間に赤ちゃんを預かってもらい、翌日から同室が始まりました。
初めての授乳。
ところが……

赤ちゃんが
なかなか大きな口を開けてくれない…
乳首をうまくくわえさせることもできず、吸ってもらうことがなかなかできませんでした。
母乳で育てたいと思っていたので、ミルクの時間以外にも授乳を試してみましたが、なかなかうまくいきません。
産院からはミルクを足すように言われ、母乳とミルクの両方でスタートしました。

母乳で行きたかった…
ミルク作るのやだなぁ…
「完母になるための知識」がなかった
今振り返ると、私はそもそも
「母乳を出すためにはどうしたらいいのか」
という知識がほとんどありませんでした。
「赤ちゃんが欲しがったら授乳する」
くらいのイメージ。
頻回授乳が大切なことも、授乳だけでは足りないときに搾乳する方法も、詳しく知りませんでした。
そして、助産師の友人にその話をしたところ、

え?産後すぐの授乳してないの?
友人の産院では、出産後すぐに赤ちゃんに乳首をくわえさせていたそうです。
そう、分娩台の上で…
一方、私の産院は母体の回復を優先する方針で、産後すぐは助産師さんがミルクをあげ、授乳も無理に行わず、必要に応じてミルクを足すスタイルでした。

分娩後、股の縫合のための麻酔でそのまましばらく寝ていたよ
産院によって方針が違うことも、このとき初めて知りました。
それでも完母を目指した理由
私は妊娠中から「できれば完母で育てたい」と思っていました。
ちょっと変な理由かもしれませんが、
「この胸は飾りじゃない。しっかり活用したい!」
という気持ちもありました
そしてもう一つ。
私は仕事で動物たちの乳トラブルを間近で見る機会がありました。
自分自身も母乳育児を経験することで、いつか動物たちのことを考えるときにも、少し違った視点を持てるのではないか。
そんな気持ちもありました。

母乳育児が上手くいかないことでメンタルボロボロ
完母になるために私がやったこと
私が実際にやったことは、
- 母乳外来を利用
- 2〜3時間おきの授乳
- 2〜3時間おきの搾乳
- 夜間も授乳・搾乳
- 乳頭保護器を使用
- 足りない分はミルクで補う
です。
母乳外来に2回相談した
母乳外来は合計2回利用しました。
1回目は、これまでの授乳・ミルク・搾乳の状況を相談。

とても頑張っているね!
母乳もたくさん出ているよ

ボロボロメンタルに効く…
相談できて嬉しい…!
また、赤ちゃんがうまく乳首をくわえられなかったため、乳頭保護器を勧めてもらいました。

乳頭保護器⁉︎
知らない道具だ!
2回目は、乳頭保護器を使ってもなかなかうまくいかず、もう一度相談することに。
母乳外来で、咥えさせ方を教えてもらったり、マッサージをしてもらったりしながら、少しずつ授乳の形を整えていきました。
授乳→ミルク→搾乳の繰り返し
当時の私の生活は、ほぼこれでした。
授乳
⬇︎
足りなそうならミルク
(基本足りないので足す)
⬇︎
寝かしつけ
⬇︎
搾乳
(次回のミルクとして使用。量が足りなければその後ミルクを使用)
搾乳した母乳は次の授乳のときに哺乳瓶で飲ませることもありました。

よくやっていたな、私…
手絞りから搾乳機へ
最初は手絞りで搾乳していました。
少しずつ搾乳量が増えていくのは嬉しかったのですが、

手がベタベタになる
そして毎回手絞りをするのが大変。

搾乳機が欲しい
途中から搾乳機を導入しました。
これだけでもかなり楽になりました。
私はその後、2人目のNICU入院でも搾乳機をかなり使いました。
少しずつ母乳の量が増えてきた
最初は数mlだった搾乳量も、少しずつ増えていきました。
5ml、20mlだったものが、
30ml、50ml、60ml……
そして80ml、90mlと取れることも。
数字が増えていくのを見ると、

ちゃんと増えてる
と嬉しくなりました。
完母への移行途中で乳腺炎に
そして、完母を目指して頑張っていた途中で、乳腺炎になりました。
右胸に痛みを感じ、その後発熱。
最終的には39℃台まで上がり、病院では39.7℃まで上がりました。
エコーや血液検査、点滴などを受け、うっ滞性乳腺炎と診断されました。
このときは本当にしんどかったです。
赤ちゃんのお世話をしながらの高熱。
寒気もあり、体が痛い…

インフルエンザより辛い
母乳外来にも相談し、乳房のケアをしてもらい、乳腺外科を教えてもらいました。
最初はミルクと搾乳を何度も繰り返していた私ですが、少しずつ直接授乳だけで過ごせる時間が増えていきました。
そして、完母へ

乳腺炎を経験したということは…
母乳量が増えた!ということ!
辛くても乳腺炎治すためにあげないといけないし…
それにもうミルクを作りたくない!
母乳外来によってミルクの回数がかなり減った為、乳腺炎を堺に思い切ってミルクをやめました。

体辛い時に追い込みすぎ…
生後3〜4週ごろに完母へ移行することができました。
完母になったからといって、すべてが順調だったわけではない
私は「母乳が出ない」というところからスタートして、なんとか完母になることができました。
でも、私の母乳育児はこれで終わりではありませんでした。
2人目のときには、赤ちゃんと離れたことによるストレスから母乳の出が悪くなったり、乳頭の中心から出血したり……。
今度は「母乳が出ない」ではなく、「完母になった後のトラブル」に悩むことになります。
次の記事では、2人目の完母トラブルについてまとめます。
→「2人目の完母トラブル」の記事執筆中



